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あなたのキレイと元気を磨く!「植物の力」で輝くライフスタイルを!

植物のめぐみを取り入れたライフスタイル「BOTANICAL LIFE」を、テーマ別に週替わりでご紹介します。
植物の世界からあなたに届く「美しい贈りもの」です。

2016.10.28

Botanist

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京の和紙の里、黒谷。和紙職人ハタノワタルさんがこの地で暮らし紙を漉く思いとは。

植物と素敵に関わる人を紹介する「ボタニスト」。今月は和紙職人、ハタノワタルさんが登場。800年の歴史を持つ黒谷和紙の魅力と、和紙職人として生きる思いをご紹介します。 

和紙の里、黒谷

木の皮から作られる和紙の魅力とは


様々な伝統が受け継がれる京都。その京都府、綾部で古くから「和紙の町」として栄えてきたのが黒谷町です。職人が一枚ずつ手漉きで作ることにこだわり、伝統を受け継いできた黒谷和紙。手作りだからこそ生まれる不均一な模様や質感は唯一無二のもの。京都府指定無形文化財に指定され、現在も大切に守られている伝統技術です。
 
日本独特の伝統の手法で作られる和紙。その原料になるのは楮(こうぞ)、雁皮(がんぴ)、三椏(みつまた)など日本に古くから野生する木の皮。黒谷和紙は楮を使いとても丈夫なため、古くから和傘やちょうちん、障子などの生活品のほか、お湯や水にさらしても破れないということから、染色屋が生地につける名札“渋札”として主に使われてきました。この丈夫さがあるからこそ生活の中に多用され、人々の生活に馴染んできた黒谷和紙。生活を支える“脇役”ながら、日本の文化に欠かすことの出来ない存在としてその歴史を歩んできました。
 

探し求めていた「紙」との出会い、そして紙漉の道へ

この黒谷で和紙職人として活躍するハタノワタルさん。ハタノさんと黒谷和紙との出会いは大学時代。油絵を専攻していたハタノさんが卒業制作のため、ペインティングナイフで少々乱暴にこすったり、削ったりしても破れない丈夫な紙を探していたところ、「日本で一番強い紙といったら黒谷」としてめぐり合ったのが、黒谷和紙でした。卒業後いくつかの仕事を経験してハタノさんが改めて思い出したのが、和紙の素晴らしさ。学生時代、自らの創作の原点になった黒谷の和紙の手触りが忘れられず、今度は自分の手でもその紙を漉きたいと黒谷で和紙職人の修行を始めたのです。 
 


黒谷の山で採られた楮、その楮にひと工程ずつ丁寧な人の手が加わり作られる和紙の原料、そして紙漉きの行程、乾燥まで、心から信じられるものだけを使い、心から信じられる人との絆で生み出される黒谷の和紙。職人に求められる厳格な紙の規格をクリアしながらも、一枚一枚に個性が光る手作りならではの不揃いさ。植物から生まれ、日本人ならではの美的感覚を刺激する、このぬくもりや尊さにハタノさんは強く魅せられてゆきます。

和紙職人として伝えたいこと

昔に比べて和紙の需要も減少し、同時に機械で量産できる和紙も生まれ、伝統ある黒谷和紙とはいえ、手漉き和紙の活躍する場も少なくなってきています。でも、1000枚の紙が必要であれば機械で量産可能ですが、たった10枚の和紙がどうしても必要だという声もあります。和紙を愛し、和紙を必要とするその声こそが和紙の未来、自らの和紙との向き合い方を教えてくれると、今ハタノさんは強く感じています。「たとえ量は少なくても、和紙を使いたいという人の想いに応えてゆきたい。かつて自分の描いた一枚一枚の絵が、その絵を気に入ってくれた人の手に渡り、愛されたように」。絵描きとしてもの創りの原点を体験したハタノさんが、職人であるが故のそんな喜びに気がついたのは、とても自然なことだったのかも知れません。
 

染め紙


木とその木から生まれた紙と、その木を育んだ土で出来た日本の伝統家屋や生活。その人の営みや暮らしを“脇役”的な存在として支え続けてきた和紙。「和紙が再びもっと生活の場で使われるようになることで、人はその土地の自然や文化、そして歴史によって生かされているということを思い出して欲しい」 。手漉きの紙を通してハタノさんが、今一番伝えたい熱い思いがそこにはあります。


 
ハタノワタル
1971年、淡路島生まれ。多摩美術大学絵画科油画専攻卒。97年、黒谷和紙研修生となり、2000年、黒谷紙漉き師として独立。伝統ある和紙の里で紙を漉き、その黒谷和紙の可能性を広げる活動を行う。 04年、綾部ファインアートグラデーション(AFaG)立ち上げ。07年、京もの認定工芸師として認定される。様々なショップでのプロダクト販売のほか、個展、展覧会等を通して、黒谷和紙の魅力を世界に発信している。